別館喫茶に初潜入☆
「ここだよ」
お兄様の声に、私・・・風峰葵は目の前の建物を見つめた。
シックなレンガ造りで、目の前のドアは趣があって渋い感じ。
Open、というこれまたシンプルなプレートが揺れている。
ただ、なぜかドアの前にあるメニューは手書きのようで『ランチ始めました♪』
と可愛らしい丸文字で書かれている。
だけど違和感があるわけじゃなく、自然にこの店にとけこんでいる。
今日、私はお兄様が常連だという喫茶店に、連れてきてもらっていた。
「行くぞ、葵」
「あ、待ってよ・・・」
カランカラ〜ン♪
軽やかな来客ベルの音。いかにも、この喫茶店に似合っている。
「いらっしゃ〜い」
店の中には、カウンターとテーブル席がいくつか。
その、奥のカウンターの中から背の高い男性が声をかけてくれた。
・・・なんか、すごいドレッドヘア・・・。
「あれ?今日は、ともちさんなの?マスターは?」
「マスターは本職が、忙しいらしいよ・・・」
お兄様は慣れた様子でカウンターに腰掛けると、私を振り返った。
「葵?何してるんだよ、こっち来いよ」
「うん!」
近寄ろうとする私を、ともちさんが不思議そうな顔で見る。
それから、こそっとお兄様に顔を寄せて・・・。
「・・・元ちゃん・・・まずいにょ・・・。いくら今日はえ〜みちゃんが休みだからと
いって、別の彼女連れてくるなんて・・・」
「かっ・・・か、彼女なんかじゃないですって!」
と、言いながらお兄様は隣りに座った私の頭を、ぐりぐりとなでる。
「こいつは、俺の妹!ほら、葵、あいさつ!」
「あ、はい。あの、風峰葵です・・・どうぞ、よろしくです」
ともちさんは、私の苗字がお兄様と違うことに気づいたのか、少しだけ目を
見開いて・・・そして、ニッコリと笑った。
「ここの支配人で、ともちです。よろしくにゃ、葵ちゃん♪」
ダージリンのアイスティー。浮かんだ氷が、カランと揺れた。
マスターがいないからね、と苦笑しながら出してくれたともちさんだけど、
とても美味しくって満足、満足♪
「そっか〜・・・女友達を、作りにね・・・」
「はい」
「ここは、みんないい子が集まるから心配ないよ」
お兄様は、アイスコーヒーを飲みながらお気楽な様子で言う。
と、そのとき。
「そうですよ・・・中でも、特に彼女はいい子で・・・」
「うわあ!・・・いつの間に来たの?華院さん」
カインさん、と呼ばれたその人はつかつかとやって来ると、カウンターの
1番端っこに腰掛けた。
「ふ・・・俺は、神出鬼没ですから・・・」
・・・面白い人だなあ。お兄様とは、お知り合いの様子。
紹介してもらい、あいさつを交わす。
「これはこれは・・・どうぞ、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくです〜♪・・・ところで・・・その、彼女って?」
私の質問に、カインさんはすいっとそっぽを向く。
むむむ・・・赤いぞ???
「あなたのハニーは、今日はお休みだそうですね・・・」
いきなりお兄様に、そんなことを言い出すカインさん。
・・・うーむ。何か、ごまかしてるな・・・?
「そうらしいね〜。ところで、華院さん売約済みなんだって?」
「は、は、はあ?ななな・・・何を・・・」
明らかに動揺する、カインさん。・・・意地悪だなあ、お兄様も。
とりあえず、この場はそ知らぬ振りして様子をうかがうこととする。
「いやあ〜誰の、話かな〜」
「だから、それは、だな・・・」
強引な追求に、もう少しで落ちそうな様子に見えたその時・・・。
カランカラ〜ン♪
「こんにちは〜v」
明るくて、可愛らしい声。
振り返ると、高校の制服を来た小柄な女の子が立っていた。
声で受けた印象の通り、くるっとした瞳をしたチャーミングな子。
「優希さんこんにちは」
カインさんが、心なしか弾んだ声であいさつする。
ちぇっ、上手く質問から逃げられたから喜んでるな??
後で再度、つっこんでみようっと・・・。
「ああ、優希さんか。こんにちは」
「いらっしゃい、優希ちゃん♪」
お兄様も、ともちさんも。可愛くて仕方がない、と言う表情で彼女を見る。
それも納得。だって、本当に可愛い子だもの。
じっと見つめていた私に気づき・・・彼女は、ニコッと笑ってくれた。
「こんにちはv初めまして、水神優希です」
「あ、こちらこそ初めまして。風峰葵です」
お兄様が、また私の頭にポンと手を置く。
「俺の妹なんだ。仲良くしてやってくれよな、優希ちゃん」
「そうなの〜?わあ、よろしく〜♪」
優希ちゃんは嬉しそうに笑って、私の横に来てくれた。
そして、色んな話をする。
女の子の友達が欲しいと言う私に、優希ちゃんは「私が第1号だね!」と
茶目っ気たっぷりに宣言してくれた。
あっという間に意気投合して盛り上がる私達を、お兄様たちは微笑ましい景色だと
言わんばかりの表情で眺めていた。
やがて、優希ちゃんは「もう帰るね?」と、残念そうに言った。
「あ、優希さん送りますよ!」
カインさんが、慌てたように立ち上がる。・・・あれ?
「そう・・・?ありがと、カインさんv」
優希ちゃんは、まるで花のようにその笑顔をほころばせる。
その可愛い顔に、吸い込まれるような表情で見とれているカインさん。
「葵ちゃん、またね?」
「あ、うん。またね、優希ちゃん!」
連れ立って出て行く2人。それを見送ってから、私はお兄様に聞いてみた。
「ねえ、お兄様。ひょっとして、カインさんって優希ちゃんのこと・・・」
「何、お前・・・今頃気づいたのか?鈍いなあ」
お兄様は、呆れたように苦笑する。
カウンターの向こうで、ともちさんも笑っている。・・・公然の秘密ってわけ
ね・・・。
それにしても、お兄様の鋭さには時々感心する。
人の心の動きに対して、機敏に反応する事が多い。優しい人なのだ。
「だって、私お兄様みたいに鋭くないもん!」
「い〜や、お前が鈍いの!」
「・・・兄妹仲がいいにゃ、2人は・・・」
苦笑するともちさん。
居心地がいいこの場所で、私はとても幸せだった。
END
購買別館の喫茶室に、初めて行った時の話。
ともちさんやカインさんや、優希ちゃんが迎えてくれたこと。
それは全部、本当の話。
っていうか、この会話はほとんどそのまんまだったような気がする(笑)
やがて、居座るようになる大切な場所になります。