彼の瞳に映るもの 〜一文字 茜〜

 

 

 

・・・困ったなあ。

放課後の、教室。授業が終わったばかりで、まだみんなざわざわしてる。

机の上に、腕を組んで。その上に、あごをちょこんと乗せて。

ボクは、大きなため息をついた。

もうすぐ、楽しい夏休み。みんな、あちこちへと行く計画を立てている。

そして、ボクも。だけどボクは、慣れない事に頭を悩まされている。

「・・・どうしたの、茜ちゃん?何か、悩み事?」

顔を上げると、そこに立っていたのは坂城君。クラス一の人気者で、ボクと

も結構仲がいい。

・・・そうだ。男の子なら、こういうのって得意かも。

「ね、坂城君。時刻表の見方、知ってる?」

「・・・ハァ?」

何のこと?と首を傾げる坂城君に、ボクは事情を説明した。

もうすぐ来たる、夏休み。ボクは、おばあちゃんのところに行くことにして

いた。おばあちゃんの家は海のそばにあり、夏の間だけ食べ物やさんをやっ

ている。

「いわゆる、海の家って奴?」

「うん、多分。ボクもあんまり良く、わかんないんだけど」

そこでボクは、こっちのバイトが盆休みの間、そっちでバイトさせてもらう

ことにしたんだ。お兄ちゃんにはナイショだけど、時給だって結構いい感じ

だし。

だけど、困ったことに。今までずっとひびきの市からほとんど出なかった、

ボク。・・・つまり、行き方がちっとも、わからないんだ。

ううん、ある程度はわかるよ?JRってやつに乗れば、いいんだよね?

だけど、出来るだけ安く行きたいし。出来るだけ、速くも行きたいし。

「そういうの調べるのには、時刻表見たらいいんでしょ?でもボク、よくわ

からないんだ」

話が終わると、坂城君は困ったような顔でうなった。

「・・・茜ちゃんの力になりたいのは、山々なんだけどなあ」

「・・・ダメかぁ」

がっくり、と肩をおとす。・・・困ったなあ。

「あ、そうだ」

不意に坂城君が、ぽんと手をうった。

「あいつに聞いてみれば、いいんだよ。あいつ、そういうの詳しいから」

そう言って、坂城君が指差したのは、1人のクラスメートの男の子。

もちろん、同じクラスなんだから顔も名前も知ってるんだけど・・・話したこ

とが無い。多分。

いつも雑誌かなんかを読んでいて、坂城君たち男の子としか話をしない人。

・・・詳しいのかあ・・・じゃ、わかるかな?

ボクは、彼に近づいた。なんだかちょっと、わくわくする。

「ねえねえ、キミキミ。ちょっと聞きたいんだけど、いい?」

「・・・俺?」

彼は、きょとんとした顔をボクに向けた。

ふと気づく、彼の手元。開かれた雑誌には、電車の写真。

・・・間違いなさそうだね。彼に聞いてみよう。

「うん、キミ。あのね、坂城君に聞いたんだけど・・・」

そこでボクは、坂城君にした話をもう一度、繰り返した。

「・・・つまり、より速くより安く行ければ、いいの?」

「うん♪」

「ん、わかった。調べとく」

あんまり簡単にうなずいてくれて、びっくり。

「いいの?え、ホントに?」

「いいよ」

あっさりと言う彼。

・・・すごい、なんか頼れる・・・。

ボクはなんだか嬉しくなって、何度も彼に頭を下げた。

 

そして、次の日。

「一文字さん、これ」

彼が、ボクに差し出したのは。

レポート用紙にびっしりと書かれた、時刻表。だけど、あの分厚い奴そのも

のなんかじゃなくて、わかりやすいように行きと帰りの時間が書いてある。

どこで、乗り換えるのか。何という電車に乗るのか。いくらかかるのか。

そんな、ボクが求めていた情報ばっかり。

「ありがとう・・・嬉しい!」

あんまり嬉しくて飛び跳ねるボクに、彼は困ったように笑ってみせた。

優しい人だなあ、本当に。こんな人がクラスにいたなんて、気づかなかった。

「あ、一文字さん。それ、学割使ってるから、早めに取っておいた方がいい

よ」

「学割?」

「え・・・ひょっとして、使ったこと、無い?」

彼が説明してくれたことによると。ボクたち学生には、学割制度というのが

あって、その証明の書類を学校でもらうことによって、電車賃が割引になる

らしい。

・・・そんなの、全然知らなかった。

「良く、知ってるね」

「あ、うん。俺、かなり使ってるから・・・」

1年に発行してもらえる数は決まっているらしくって、彼はその全てを使い

切るんだって。うーん、お得な話を聞いちゃった。

結局、職員室までついてきてもらって学割を手に入れ、放課後にはひびきの

駅にキップを買いに行くのもついてきてもらっちゃった。

彼は駅員さんに向かって鮮やかに説明してくれて、あっさりと買ってくれた。

「本当に、ありがとう!ボク、何ていうか・・・尊敬しちゃうよ」

「いやいや・・・気をつけてな」

そう言って照れたように笑った顔が、すごく印象的だった。

 

いよいよ夏休み。

安心した気持ちで旅に出たボクは、彼のすごさにあらためて感心していた。

混んだ電車、わからない土地。

だけど、彼のメモどおりに行けばすいすい。乗り換えもあんまり待たなくて

いいし、ボクが座る位置も窓際とか階段のそばとか、いいところばっかり。

おばあちゃんの家でバイトをしながら、ボクは彼の事ばかり考えていた。

そうだ、ハガキを出そう。お礼を書いて、この海の匂いを届けよう。

きっと、あのメガネの奥の優しい目が、笑ってくれるはず。

 

9月になって、学校が始まると。ボクは真っ先に、彼のところへお礼に行っ

た。

「ありがとう!とーっても、助かったよvキミのおかげ」

「・・・こちらこそ。ハガキ、ありがとう」

彼は、ボクが想像していた通りの顔で笑った。

・・・なんだか、ドキドキする。

優しい人。今まで話したことも無かったボクの為、一生懸命になってくれた

人。

ボクの中で彼の存在は、もう『単なるクラスメート』なんかじゃなかった。

それからボクは、何とかして彼ともっと仲良くなろうと必死だった。

だって・・・。彼ってば、いっつも坂城君や穂刈君と話してばっかり。全然女

の子と話をしないので、話すきっかけがつかめない。

で、ボクは考えたんだ。電車のこと、彼に聞いてみようって。

好きな人が好きなモノって、ボクも好きになりたいな。ねえ?

朝、駅で見かけた綺麗な色の電車のこと。おばあちゃんの家へ行く時に乗っ

た、電車のこと。友達が旅行に行くって言えば、ボクは時刻調べをしてあげ

るって言った。だって、彼とまた、話が出来るんだもん。

 

やがて冬が来て。すごく寒い日のこと。

「よう!一緒にかえろーぜ」

「あ、悪い、匠。俺、今日ちょっと・・・」

「なんだよ、お前。また、電車の写真撮りに行くのかぁ?好きだなあ」

・・・写真を、撮りに行くの?

彼と、坂城君の会話。ボクは、すかさず反応する。

・・・これって、チャンスかなあ。

「ねえねえ、キミ。一緒に、帰ろうよ♪」

「・・・あ、俺・・・」

「うん、電車の写真を撮りに行くんでしょ?ついていっても、いいかなあ?」

「・・・一文字さん、物好きだね・・・」

呆れているのか、照れているのか。よくわからない反応の彼だけど。それで

も、連れて行ってくれた。

場所は、真多羅尾高原駅。彼いわく、この駅は『駅撮り』をするのに適した

構造なんだって。・・・よく、わかんないけど。撮りやすいってこと?

彼は、カバンから大きなカメラを取り出す。一眼レフって奴?

ホームの端っこで、電車を待つ。風が吹き抜けていって、めちゃくちゃ寒い。

でも、せっかくだから彼といろんな話をしたいなあ、なんて思っていたら。

「よう!」

「・・・なんだ、お前も来たのか」

・・・知らない人。制服から見ると、隣の市にあるきらめき高校の男子生徒み

たい。

後から来た人も、同じようにカメラを取り出してきて、構える。ボクのこと

は、チラッと見ただけで、ずっと彼と何かわからない話をしている。

どうやら、電車好きな人にだけ通じる言語があるみたいで、なんだかすごく

楽しそう。

いいなあ、と思う。だって、ボクには全く理解できないんだもの。

もっと、電車のこと勉強しなくっちゃ、いけないのかなあ・・・。

やがて来た、電車。2人は、何枚もシャッターを切る。あれは、特急電車っ

て言うのかな。

ボクがときどき見るやつと同じ。・・・珍しいのかな?

撮り終えると、とっとと帰っていった彼のお友達。彼は、取り終えたフイル

ムをケースに入れ、何か書いている。

彼いわく、今の特急は『なんとか編成』だそうでいつもの『ノーマル編成』

とは違うんだって。車両の、編成ねえ・・・難しいな、やっぱり。

「・・・じゃあ、行こうか」

彼の隣を並んで歩く。・・・あーあ、もうちょっと話をしたかったなあ。

でも、今日の収穫はいっぱいあった。

彼には、どうやら学校の友達だけじゃなくて、趣味の世界にも友達がいるら

しいってこと。

友達と話をしていた時の、キラキラした瞳。

写真をとっている時の、真剣な瞳。

本当に、電車が好きなんだなあってこと。

好きなことのためなら、寒さなんて気にしないらしいってこと。

「・・・寒いなあ、それにしても」

・・・あ、やっぱり寒いんだ。

ボクがなんだかウケちゃってると、彼も振り向いてちょっと笑った。

それからなんだか、少し緊張しているみたいな顔で言った。

「・・・あの、一文字さんも寒いだろ?・・・その、暖かいものでも、飲みに行

く?」

ボクは、びっくりして彼の顔を見つめた。なんだか、少し赤いような気がす

るのは・・・ただの、気のせい?

「・・・うん!行こ!」

「・・・良かった。全然話、出来なかったしね」

あ、同じこと、考えてくれてたの?

いつの間にか、彼の視線は電車じゃなくってボクを見ている。

照れくさそうに、だけど真っ直ぐに。

先に立って歩き出す彼を、ボクは慌てて追いかけた。

 

ボク、がんばってキミの好きな電車のこと、勉強する。

だからいつかは、電車と同じくらいボクのこと好きになってよ、ね?

 

END

 

初出:ひびきの高校鉄道研究部会誌

「電車でメモリアル〜Traing Summer Vacation〜」


 

初の鉄研会誌に、書いた作品。ぶっちゃけ80%ぐらい実話です(苦笑)

いやいや、遠い思い出ですけどね・・・。

こういう行動をとりそうなのは誰か?と考えた時に、ぱっと浮かんだのが茜

ちゃん。

彼女なら、安く行く!ことに命かけそうな気もするし(笑)

自分では、結構気に入っている作品です(^^)

 

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